警職法改正意見書

 2007年9月25日、自転車に乗って障害者作業所から自宅に帰る途中、
不審者と間違われ、警察官から後ろ両手錠を掛けられ、
5人もの警察官にうつぶせに取り押さえられて
亡くなってしまった安永健太さん。

その裁判では、警察が健太さんは「精神錯乱」状態だったと主張し、
判決で警察の行為は正当と認定されました。
その判断のもとである警察官職務執行法を改正する提言をまとめました。

以下、PDF形式でダウンロードできます。

警職法改正意見書 ver.1_2021年9月25日(健太さんの会) 732KB

【概要】警職法改正意見書ver1_2021年9月25日(健太さんの会) 408KB

【参考資料】警職法改正意見書ver1_2021年9月25日(健太さんの会) 640KB

【参考資料】Guidelines on Access to Justice for Persons with Disabilities
      ※国連 障害者の司法へのアクセスに関する国際原則とガイドライン


以下、意見書本文(HTML)


警職法改正に関する意見書(ver.1)

 

2021925

安永健太さん事件に学び共生社会を実現する会(「健太さんの会」)

目次

第1 意見の趣旨

第2 意見の理由

 1 安永健太さん事件とは

 2 健太さんの会とは

 3 安永事件訴訟の経過

 4 安永事件民事訴訟判決の結果

  (1) 一審佐賀地裁判決(2014年2月28日)

  (2) 二審福岡高裁判決(2015年12月21日)

  (3) 最高裁決定(2016年7月1日)

 5-1 警職法立法過程

  (1) 警察官等職務執行法の制定過程について

  (2) 改正論議

  (3) 警察官等職務執行法における「精神錯乱」の問題点

 5-2 警職法とは

  (1) 警職法の目的

  (2) 警職法の規定内容

  (3) 警職法上の「保護」について

 6 「精神錯乱」を削除すべき理由(意見の趣旨第1項)

  (1) はじめに

  (2) 精神医学における用語の利用状況

  (3) 精神錯乱の言い換えも不要なこと

  (4) まとめ

 7 手錠利用の禁止を明記すべき理由(意見の趣旨第2項)

  (1) はじめに

  (2) 趣旨

  (3) 手段の相当性に関する裁判例

  (4) 手錠が犯人と結びつく性質であること

  (5) 手錠使用が安永健太氏の死亡結果を惹起したこと

 8 警職法に基づく市民の保護行為のために用いる強制力の行使は

   「必要最小限」に留めるべきことを警職法に明記すべき理由(意見の趣旨第3項)

  (1) 警職法の規定

  (2) 保護の際の強制力行使を「必要最小限度」にとどめることを明記すべき理由

  (3) 裁判例や保護取扱要綱等からしても警職法に明記することが相当であること

 9 警察官に障害特性に応じた注意義務を義務付けるべき理由(意見の趣旨第4項)

  (1) 安永事件判決で示された注意義務

  (2) 明文化が必要な理由

  (3) 関係法令

  (4) まとめ

 10 警察官に障害特性の理解に関する研修を義務付けるべき理由(意見の趣旨第5項)

  (1) はじめに

  (2) 明文化が必要な理由

  (3) 関係法令

  (4) まとめ

 11 警職法全般を障害者権利条約に相応しい内容の見直すべき理由(意見の趣旨第6項)

  (1) はじめに

  (2) 警職法の位置付け・ありかた

 12 「警職法改正案」の説明

  (1) 改正案のポイント

  (2) 条文ごとの説明

 13 最後に

第3 当会の提言する「警職法改正案」


 

1 意見の趣旨

1 警職法から「精神錯乱」という用語を削除するべきです。

2 警職法に基づく市民の保護行為のために「手錠」を使用することを明確に禁止し、使用した場合は「違法」であることを同法に明記するべきです。

3 警職法に基づく市民の保護行為のために用いる強制力の行使は「必要最小限」に留めるべきことを警職法に明記するべきです。

4 警職法において障害者等の障害特性に応じた注意義務を警察官に義務付けるべきです。

5 警職法において障害者等の障害特性を理解できるよう研修を全ての警察官に義務付けるべきです。

 6 警職法全般を日本が批准した障害者権利条約に相応しい内容に見直すべきです。

 7 以上より、警職法を別紙記載のとおり改正すべきです。

  

2 意見の理由

1 安永健太さん事件とは

2007925日、佐賀市内において安永健太さん(知的障害を持つ25歳の青年)が,車道を自転車で走行中にパトカー乗車の警察官から不審者であると誤認され,背後から大音量のマイクで注意され,さらにサイレンを鳴らして停止を求められました。

安永さんは速度を増して走行し,赤信号で停止中の原付自動車に追突し,自転車から投げ出されて車道上に転倒しました。

警察官2名が呼び止めたが「ウー、アー」とだけしか言わない安永さんを警察官らは歩道に組み倒しました。

応援で駆け付けた警察官も合わせ5名の警察官が安永さんを歩道上にうつぶせに抑え込み、後ろ手に両手錠をかけました。

安永さんは心臓停止し救急搬送先で死亡が確認されたという事件です。

 

2 健太さんの会とは

健太さん事件が残したものを風化させず、障害への社会の理解(特に警察、司法関係者)を広げていくための活動母体として、20177月に「安永健太さん事件に学び 共生社会を実現する会(略称:健太さんの会)」が立ち上がり、継続して活動しています。

 

3 安永事件訴訟の経過

2007年 925日 事件発生 健太さん死亡

2008年 328日 警察官 不起訴

    4月 3日 遺族 付審判請求(5名の警察官を起訴するべき)

2009年 226日 民事訴訟 提訴

    3月 2日 佐賀地裁 1(M警察官)起訴すべきと決定

2011年 329日 佐賀地裁  無罪判決

2012年 110日 福岡高裁  無罪維持判決

    918日 最高裁   無罪維持判決 確定

2014年 228日 民事訴訟 佐賀地裁 原告全面敗訴判決

20151221日 民事訴訟 福岡高裁 控訴棄却判決

20151225日 上告申立て、上告受理申立て

2016 7月 1日 最高裁 上告却下決定


4 安永事件民事訴訟判決の結果

(1) 一審佐賀地裁判決(2014228)

ア 一審佐賀地裁は、警職法311号の「精神錯乱」とは、正常な意思能力や判断能力を欠いた状態にあることを意味し、異常な挙動その他周囲の事情から、社会通念上正常な意思能力や判断能力を欠いた状態にあると合理的に判断できれば「精神錯乱」に当たるとしました。

そして、安永健太さんが自転車を蛇行運転していたことや警察官からの停止要求に応じなかったこと、制止しようとした警察官に対して健太さんが「ウー」「アー」という声を発しながら、両手を振り回すなどしていたことなどを「異常な挙動」であると判断して、健太さんが「精神錯乱」状態にあったと認定しました。

イ 警察官らが健太さんを取り囲み、コンクリートの地面に押さえつけて、両手に後手錠をかけ、さらに押さえつけたことが保護行為としての相当性を欠くのではないかという点についても、佐賀地裁は、「警職法311号に基づく保護を行うに当たっては、保護の対象者が自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすことを防ぐための必要最小限度の範囲内で、保護の対象者に対して強制力を用いることができる」としたうえで、警察官らが健太さんをうつ伏せにして右手に手錠をかけて体を押さえつけても健太さんが抵抗し続けており、応援の警察官らが到着して健太さんの左手にも手錠をかけても両肩を揺するなどの抵抗し続けていたことをもって、本件取り押えに用いた強制力は必要最小限度の範囲内であり、保護行為としての相当性を有すると判断しました。

ウ さらに、警察官らが適切な障害者教育を受けていれば健太さんが知的障害者であると知り得たことや警察官らが健太さんに知的障害があることを前提とした適切な対応を取っていれば健太さんと意思疎通ができたことについては、いずれも否定しました。

エ 一審佐賀地裁は、以上のような認定を行い、原告の請求を棄却しました。

この判決は、警職法311号の保護行為を広く認めており、警察官の障害者に対する一般的な注意義務への言及さえありませんでした。

 

(2) 二審福岡高裁判決(20151221)

ア 二審福岡高裁は、一審判決を踏襲し、健太さんが「精神錯乱」の状態にあったと認定し、警察官らの取り押え行為が保護行為の相当性を欠くものではないと判断しました。

イ 二審福岡高裁は、結論として一審判決を維持し、控訴を棄却しましたが、警察職員には、知的障害者に対し、その特性を踏まえた適切な対応をすべき一般的な注意義務を認めました。

すなわち、警察職員は、その職務の相手方が知的障害者であることを認識している場合にはもちろん、認識していない場合においても、相手方の言動等から知的障害等の存在が推認される場合においては、当該職務の相手方たる知的障害者に対し、ゆっくりと穏やかに話しかけて近くで見守るなど、その特性を踏まえた適切な対応をすべき注意義務があることは明らかであるとして、警察職員の一般的な注意義務を認めました。

しかし、知的障害等の存在が推認される場合について、知的障害等の存在と矛盾しないというものから知的障害等に起因すると高度に推認できる場合まで様々な場合があるので、警察職員の職務の性格を踏まえて検討する必要があるとしています。

そして、警職法311号の保護を行う警察官は、応急の救護を要する状況下で保護の判断をしなければならず、精神錯乱の原因には、薬物中毒を含む多様なものがあり、その原因によっては知的障害者に対してとるべき対応をすることが適切でない場合は当然に存在するとして、知的障害者であることを踏まえた適切な対応をしなかったことに国家賠償法11項の違法性が認められるためには、対象者の言動が知的障害等の存在と矛盾しないというだけでなく、その言動が薬物中毒等の他原因に起因しないことがある程度の確実性をもって推認される場合でない限り、国賠法11項の違法性はないとして、その対象を限定的なものとしました。

このように福岡高裁は、警察職員の一般的な注意義務を認めましたが、「障害等の存在が推認される場合」を限定的なものにして、当時の健太さんの挙動からして、警察官らが薬物中毒などの疑いを持ったこともやむを得ず、知的障害の存在を踏まえた適切な対応をしなかったとしても違法ではないと判断して、警察官らの責任を認めませんでした。

これでは、一般的な注意義務を認めたものの、多くの具体的な場面では違法性は認められないことになり、結局のところ、高裁でも保護名目での障害者の取り押え行為を容認することになりました。

 

(3) 最高裁決定(201671)

福岡高裁の認定に問題があったことから、20151225日に最高裁への上告を行いましたが、同年71日が棄却されました。

最高裁は、事案の内容には立ち入らず、法律の定める上告理由にあたらないという形式的な理由で、上告を棄却し、判決は確定しました。

 

5-1 警職法立法過程

(1) 警察官等職務執行法の制定過程について

大日本帝国憲法下において、警察官の職務権限は、行政執行法及び行政警察規則によって定められていました。

行政執行法(190061日制定)では、泥醉者及び瘋癩者の身体拘束を認めており(同法1)、行政警察規則(187537日制定)においても、泥酔者及び瘋癲者の取押え(同規則17条及び18)が認められていました。

その後、194753日に日本国憲法が施行されることとなり、行政執行法は行政代執行法の施行により廃止され、行政警察規則も194811日に法的効力が失われました。

行政執行法及び行政警察規則が廃止され、警察法(1947年制定)でも警察官及び警察吏員の職務執行上の権限や責任に関する規定が包含されてなかったため、警察官等の保護行為等について新たに法的根拠を設ける必要が生じたことから、政府は、1948610日の第2回国会において、警察官等職務執行法を提出しました。

国会における審議では、行政執行法による警察官による権限濫用の経緯などから修正意見が出され、194875日、第2回国会にて政府案を一部修正した警察官等職務執行法が成立することとなりました。

 

(2) 改正論議

1954年に警察法が改正され、警察官及び警察吏員の名称が「警察官」に統一されたことに伴い「警察官等職務執行法」が「警察官職務執行法」に改正されました。

1958108日、政府は「警察官職務執行法の一部を改正する法律案」を閣議決定し、第30回国会に提出しました。

この法律案の主な内容は、職務質問の際や保護の際の所持品検査を認めたり、保護対象者の範囲を広げるなど、警察官の権限を拡大するものでした。

しかし、この法律案に対しては、警察官の権限強化や濫用のおそれなどから、全国的な反対運動が巻き起こり、国会が紛糾し、審議未了となり廃案となりました。

その後、2006年に成立した「精神病院の用語整理等のための関係法律の一部を改正する法律」第3条により、警察官職務執行法3条の「精神病者収容施設」の用語が削除されたものの「精神錯乱」についてはそのまま残ることとなりました。

 以降、現在に至るまで、警察官職務執行法は改正がなされていません。

 

(3) 警察官等職務執行法における「精神錯乱」の問題点

194875日に成立した警察官等職務執行法案では、保護の対象として、「精神錯乱」と「泥酔」を規定しています(31)

保護の対象の「泥酔」については、従来の行政執行法の文言をそのまま引き継ぐこととなりましたが、「精神錯乱」については、行政執行法及び行政警察規則にも規定されていませんでした(行政執行法及び行政警察規則では「瘋癲」という文言が用いられていました)

このように「精神錯乱」という文言は、警察官等職務執行法で新たに加えられた文言ですが、その具体的な内容については、法律制定過程における国会審議においての議論はなく、警察官職務執行法へ改正された後も、国会内において、「精神錯乱」の内容については十分な議論がなされていません。

1970516日の衆議院地方行政委員会において、警察官職務執行法3条における「精神錯乱」というのはどういう状態をいうかという質問がありました。

この点について、警察庁長官官房長である富田朝彦説明員が、「第3条にいいます『精神錯乱』は、いわゆる気違いと、こういうふうに解釈をいたしております」、「精神錯乱ということばを厳密に解釈いたしますと、精神に異常を持っておる、その意味におきましていわゆる医学上の精神病者あるいは強度のヒステリー患者、その他社会通念上精神が正常でない、こういう者を含むと解釈をいたします。」と政府見解を回答しています。

この回答からも明らかなように、「精神錯乱」は、明確な定義づけがなされず、国会内においても十分な議論がないままに設けられたものであり、その解釈についても検討がなされないまま今日に至っているのです。

今日、「精神錯乱」という用語を法律の残していること自体国際的に汚名です。

国連障害者権利委員会の日本に対する20191029日付「初回の日本政府報告に関する質問事項」の第1番目の質問事項が

『心神喪失』といった用語のような侮蔑的な用語を除く措置を含め,

締約国(注:日本)の法律をさらに本条約に調和させること。」

です。

日本の法律関係者が普通に使っている「心神喪失」でさえ、「侮辱的な用語であり削除せよ」と言っているのです。

「精神錯乱」などという用語が警察官を規律する重要な法律に規定されていて、それにより知的発達障害者が死に至った事実を国連が知ったら日本は国際的な批判を浴びるでしょう。

そのため、警察官職務執行法における「精神錯乱」の文言の削除を行うことは待ったなしの国際的な要請です。

 

5-2 警職法とは

(1) 警職法の目的

 警察官職務執行法(昭和23年法律第136号。以下,「警職法」という。)は,刑事訴訟法等に基づく警察官の活動(司法警察活動と呼ばれるもの)とは別に,個人の保護や治安の維持等のための活動(行政警察活動と呼ばれるもの)に関して,その法的根拠ないし限界を定める法律です。

 同法の目的は,「警察官が警察法(昭和29年法律第162)に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために,必要な手段を定めることを目的とする。」(11)とされています。

 警察官は,この法律に基づき,犯罪捜査等の司法警察活動に限らず,様々な行政警察活動を行うことになります。もっとも,警察官がその権限を適正に行使するよう,同法は「この法律に規定する手段は,前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって,いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。」と注意喚起もしています。

 

(2) 警職法の規定内容

 警職法は法11項の目的のために,警察官に対し以下の活動を認めています。

①質問(21):犯罪が疑われるものを停止させて質問することができる。

②保護(31):一定の条件を満たす者を適当な場所において保護しなければならない。

③避難等の措置(41):危険な事態がある場合に警告を発したり,避難等させることができる。

④犯罪の予防及び制止(5):犯罪がまさに行われようとする場合に警告を発したり,行為を制止することができる。

⑤立入(61):危険な事態への対応や犯罪の予防等のために,他人の土地等に立ち入ることができる。

⑥武器の使用(7):犯人の逮捕等のため必要であると認める相当な理由のある場合に,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において,武器を使用することができる。

 

(3) 警職法上の「保護」について

 警職法3条は警察官の行う「保護」行為について,次のように規定しています。

 「警察官は,異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して次の各号にいずれかに該当することが明らかであり,かつ,応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは,取りあえず警察署,病院,救護施設等の適当な場所において,これを保護しなければならない。

一 精神錯乱又は泥酔のため,自己又は他人の生命,身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある者

二 迷い子,病人,負傷者等で適当な保護者を伴わず,応急の救護を要すると認められる者(本人がこれを拒んだ場合を除く。)

 警職法上の「保護」を名目に警察官による事実上の身体拘束が行われることのないよう,保護に関しては各地の警察において「取扱要綱」が定められています。

 安永訴訟の舞台となった佐賀県では,「佐賀県警察保護取扱要綱」(昭和35518日本部訓令第11号,改正平成28930日警察本部訓令第21)において,保護を「適正に行うため,保護等の手続,方法等に関し必要な事項を定める」とされています。同要綱では,保護についての心構えとして,「警察官は,保護が警察に課せられた重要な責務であることを自覚し,その発見し,又は届出のあった者が保護を要する者であるかどうかを的確に判断するとともに,保護に当たっては,誠意をもってし,個人の基本的人権を侵害することのないよう最新の注意を払うものとする。」(2)とされています。

このように,保護に関する警職法の慎重な態度ないし保護取扱要綱の考え方からすれば,警察官が保護に関して「的確に判断」するためには,その前提として,市民の中に障害のある人が一定数存在していること,その障害特性に応じた対応が必要であること,典型的な障害特性の内容等についての理解は不可欠ということができます。

 

6 「精神錯乱」を削除すべき理由(意見の趣旨第1)

(1) はじめに

あらゆる障害者差別の根絶を求める障害者権利条約は「障害者に対する差別となる既存の法律、慣習…を修正し、廃止するための全ての適当な措置(立法を含む)をとること」(41b)を締約国の義務とします。

そして国連障害者権利委員会の日本に対する20191029日付「初回の日本政府報告に関する質問事項」の第1番目の質問事項が

『心神喪失』などの侮蔑的な用語を除く措置を含め,日本の法律を本条約に調和させること」であることは上記したとおりです。

警職法の「精神錯乱」という表現が、精神障害者・知的障害者・発達障害者・認知症者等の人格と人権を侮蔑する侮辱的差別用語であることは明らかです。

かつて、精神障害者は「気違い」、統合失調症は「精神分裂症」、知的障害者は「馬鹿・精神薄弱者」、認知症者は「ぼけ老人・痴呆症」などとの差別用語・不適切用語で呼ばれていましたが、人権思想が浸透した今日、このような用語を公式に用いることは許されません。

「精神錯乱」もまた差別用語として法令から削除されるべきことは今日明らかです。

このような用語を法令で堂々と用い続けることは日本が人権後進国であること世界に知らしめる国際的恥辱と言えるでしょう。

なにより安永健太さんという一人の青年の人命は、「精神錯乱」という用語に該当するとして失われたのです。過ちの元凶です。

政府は警職法の「『精神錯乱』とは「気違い」のことと解釈しています」と答弁しているところ、このように精神に障害を有する市民に対する差別的侮蔑的な考えに基づく法令用語は基本的人権、個人の尊厳の尊重を保障する憲法に照らしても維持し得ません。

 

(2) 精神医学における用語の利用状況

例えば精神医学の世界で、今から20年以上前の文献をみると、濱田秀伯『精神症候学』(弘文堂1997年)で

『錯乱confusion(E,F), Verwirrtheit(D)は,ある程度の意識混濁を背景に,見当識や記憶があやしくなり,思路が乱れ,話にまとまりを欠いた状態。主として器質精神病にみられるが,分裂病(の滅裂性錯乱の錯乱型)…に用いることもある。…

急性錯乱状態acute confusional state(E)は,外界の認知や知的作業が急激に低下し,思考や行動の混乱した状態。不安・焦燥,興奮・昏迷,幻覚・妄想など多彩な症状を伴い,後に健忘を残す。ドイツ語圏のアメンチア,フランス語圏で変質者の急性錯乱bouffée délirante(F)などと呼ばれた状態に近いが,今日では意識障害の有無にかかわらず,分裂病の急性増悪期…などの状態像として用いられる。…フランスでいう精神錯乱は、さまざまな程度の意識混濁があり、錯乱と夢幻症の混合した病態を特徴とする症候群で、せん妄にほぼ相当するが心因(情動によるものも含んでいる…』

などの記述を確認することはできます。

精神医学の講学上の高度な専門領域において「錯乱」は現在でいう統合失調症の一定の症状を想定して用いられていた可能性はあるでしょう。

しかし健太さんの事件当時の状況はこのような精神医学上の精神錯乱とは全く異なりますし、過去の事件、判例でも、上記のような医学概念とは全く異質かつ曖昧な概念として用いられています。

 そもそも今日、精神障害・知的障害・発達障害等の臨床医学の現場の医師の誰に聞いても「『精神錯乱』などという用語は聞かないし、使わないし、使う必要もない。不適切な用語だろう。」との反応です。

 すなわち、医学現場で完全に「死語」と化している上、今後使うことは「不適切」ということが共有認識です。

 また、精神医学の高度な専門領域で用いられていたとしても、警職法という警察官が日々職務にあたる際に、市民の救護行為を行う場合の対象者の識別の指標として、一般の警察官に理解困難な概念を用いることも適切でありません。

そして、上記のような精神医学分野での精神錯乱と法の想定する精神錯乱には齟齬があります。

 司法ではこの用語を「異常な挙動その他周囲の事情から、社会通念上正常な意思能力や判断能力を欠いた状態」と定義・理解しており、極めて広範な安易な概念として用いられています。

 医学上も死語であり、法令用語として全く違う意味として用いられている精神錯乱という概念は警察官の職務の過ちの原因ともなりますので、用いるべきではありません。

 

(3) 精神錯乱の言い換えも不要なこと

 では、「不穏行動」など他の用語に言い換え、置き換えをすればよいかというとそうではありません。

 警職法で精神錯乱の用語が登場する局面は警察官の応急救護という保護行為の職務執行です。改めて確認すれば現行警職法は第3条の表題を(保護)とし

「1項 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して次の各号のいずれかに該当することが明らかであり、かつ、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは、取りあえず警察署、病院、救護施設等の適当な場所において、これを保護しなければならない。

一  精神錯乱又は泥酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある者

二  迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者(本人がこれを拒んだ場合を除く)」とします。

 行うべき職務は「取りあえず保護」です。あくまで家族等に引き渡すための暫定措置にすぎません。

 そして、保護対象者は、迷子・病人・負傷者・泥酔者等です。

 そこになぜか「精神錯乱」が並べられています。

 必要なのは、一人で放置したままだとその人の命が危なかったり、犯罪ではないが、他の人の命を危うくする事態等に直面した警察官がその緊急事態で取り急ぎ人命救助等を行うということです。

 例えば自殺をしようとビルから飛び降りようとしている人を救う場合などもそうでしょう。

 しかし、人命を損ないかねないような緊急事態の「精神的原因や状態像・病態像」をそこに明記する必要などありません。

 精神錯乱状態の自殺者は救護対象だが、精神錯乱と認定できない自殺者は救護出来ないというのも明らかにおかしなことです。

 自殺者の救助を想定すれば「自殺企図者」とすればいいかもしれませんが、要するに現行法令でよく用いられる用語でいえば、「自傷他害の切迫したおそれ」がある人を保護するということが法令に規定されていれば、それ以上、要保護性の原因が「精神錯乱」に該当するか否かなどの判定は必要もないし、百害あって一利なしというべきです。

 そのため、私たちは今回の警職法改正案の提言において、「精神錯乱」を別の用語に言い換える、置き換えるということではなく、「精神錯乱という用語の法令からの撤廃」を求めており、それが適切なことであることは以上の説明でご理解頂けると思います。 

 

(4) まとめ

 国は警職法から「精神錯乱」という侮辱的差別用語を速やかに撤廃するべきです。

 

7 手錠利用の禁止を明記すべき理由(意見の趣旨第2)

(1) はじめに

本件で,臨場した警察官らが,安永健太氏に対する「保護行為」として行ったとする行為は,最終的にはうつ伏せに抑え込んで,後ろ両手錠(鎖手錠)を掛けた上,さらに5名の警察官により押さえつけ続けたというものであるところ,各審級の裁判所は,自傷他害のおそれがあったから後ろ両手錠による拘束は合法だとしています。

 

 (2) 趣旨

身体拘束は人の尊厳を奪う自由の制限として原則として違憲・違法行為であることは近代社会の大原則であることはいうまでもありません。

そのため,どうしてもやむを得ず人を身体拘束する必要がある場合は,憲法第31条等の適正手続を保障した上で,必要最小限度で社会的相当性をもった方法で行う必要があります。

現行法で,自傷他害の恐れがある人に対する身体拘束を認めるのが精神保健福祉法第29条の定める「措置入院」,第36条の定める「行動制限」等です。

この法の妥当性自体も問題ですが,法も例えば措置入院による人身制限については,都道府県知事の指定する医師2名以上が,自傷他害のおそれと保護の必要性について,一致した診断をすることを前提要件としています。

具体的な運用方法の指針として,いささか古いが,厚生省が制作した「精神保健福祉法の運用マニュアル(平成124月)」があります。

その4頁に,身体拘束に関する考え方が規定されており,「身体的拘束を 行う場合は,身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし,手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐,縄その他の物は使用してはならない(法第36条第2項,昭和63年厚生省告示第129号,第130号)」として,手錠の使用は明確に禁止されています。

昭和63129号告示とは「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第36条第3項の規定に基づく厚生大臣が定める行動の制限」(昭和6348日付厚生省告示第129号),同130号告示とは「同法律第37条第1項の規定に基づく厚生大臣が定める基準」(昭和6348日付厚生省告示第130号)です。

このような現行法との対比からして,警職法による場合に安易に警察官による手錠による身体拘束が許されてしまえば,上記のように自傷他害の恐れのある場合の身体拘束を厳格に規制した法の趣旨は没却されるというべきですから,手錠利用による身体拘束が違法であることは明白と言わなければなりません。

したがって,手錠利用の禁止を明記すべきです。

 

 (3) 手段の相当性に関する裁判例

手錠を利用した保護行為をめぐっては,昭和481114日高知地裁判決(下級裁判所民事裁判例集第24912836頁)があり,同判決は,警職法311号に基づく保護につき,「必要に応じその者の意思に反して強制的に行うことができ,もしその際必要であれば手錠等の戒具を使用することもできるけれども,右のような保護の目的からしてこれら強制力の行使や戒具の使用はできる限り差し控えるべきであって,その者が現に暴行しているなど自己もしくは他人の生命,身体または財産に危害を及ぼす事態にあり,あるいはそうした事態に至るおそれが極めて強いような場合であって,その危害を防止し,その者を保護するため他に適切な方法がないと認められる場合に限り,真にやむを得ない限度と方法で行われるべきである」とした上で,「中でも手錠は逮捕した被疑者に対して,逃亡,自殺,暴行などのおそれがあり,その必要がある場合にのみ使用されるのが通例であって,手錠の使用それ自体これを施される者にとっては著しく不名誉,屈辱的でかつ人格を傷つけられるものと考えられるから,前記のような目的のためにされる保護の手段として手錠を使用するについてはいたずらにその人権を傷つけることのないように極めて慎重でなければならない」と述べ,さらに「そして特にいわゆる後手錠は通常の手錠の使用方法に比べて強力,過酷であって,その者の受ける右のような不利益の程度は一そう強いうえ,身体の自由は極度に制限され,場合によっては身体に危険を及ぼすこともあり得るから,通常の手錠使用ではどうしても措置し得ないような特別の事情のある場合の外,安易にこれを用いるべきではないというべきである」。として,異常な興奮状態にあった原告に後手錠を施した行為は必要の限度を超えた過剰違法なものであったと判断しています。

また,昭和6158日大阪地裁判決(判時1219143)も,「後ろ両手錠は,通常の手錠の使用方法に比して強力過酷であり,被施用者の身体の自由に対する制約が大きく,特段の事情のない限り,用いることは避けるべきである。」と判示しています。

 

(4) 手錠が犯人と結びつく性質であること

手錠をされて拘束された者を目撃した一般市民のほとんどは,被拘束者が何らかの犯罪者ではないかと認識すると思われる。直接には警職法上の保護行為ではないものの,刑事法廷内における手錠・腰縄の問題について,日本弁護士連合会は,20191015日付で,「刑事法廷内における入退廷時に被疑者又は被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める意見書」を発出しており,手錠・腰縄の使用がもたらす弊害として,「手錠・腰縄の使用は,それによって身体を拘束されている者が罪人であることを衆人に想起させるとともに,被拘束者の身体の自由を物理的に奪うことだけではなく,精神的にも被拘束者に対して服従を強いることになり,これらによって被拘束者に屈辱感,羞恥心及び無力感を与えることとなる。また,手錠・腰縄は,同時に拘束者の権威を誇示する道具でもあると言える。」と述べています。

このように,法廷内とはいえ,刑事被疑者・被告人の場合ですら,手錠の使用が問題視されているのであるから,いわんや警職法上の保護行為について,安易に手錠を使用する行為が認めがたいことは明らかです。

 

 (5) 手錠使用が安永健太氏の死亡結果を惹起したこと

本件で,臨場した警察官らは,安永健太氏に対する「保護行為」として,うつ伏せに抑え込んで,後ろ両手錠(鎖手錠)を掛けた上,さらに5名の警察官により押さえつけ続け,その結果,健太氏は死亡しました。

手錠によって,被拘束者は,手を物理的に動かしにくくなるところ,後ろ両手錠は,前手錠と比べて,さらに稼働範囲が狭まるため,もはや手を動かすことがほぼできない状態となる点で,より身体的制約・負担が大きいといえます。

しかも,手錠の使用は,物理的・身体的制約・負担のみならず,それと相まって,被拘束者に屈辱感,羞恥心及び無力感を生じさせる点で,心理的制約・負担も著しく増大します。

本件では,5名もの屈強な警察官らが現場に集結していたのであるから,ことさら後ろ両手錠,さらにいえば,前手錠すらする必要などなく,上半身だけ身体を起こした状態で,各人が両手・両足を確保しておけば十分に動きは抑えられたはずです。例え少し時間をかけてでも,そのようにしていれば,健太氏に対し,過度な物理的・身体的制約・負担を生じさせることなく,かつ不必要な心理的制約・負担も生じさせることなく,より落ち着いた状況で,クールダウンした健太氏と丁寧な会話ができたはずであり,警察官らとしても,健太氏に知的障害があることが容易に認識できたはずです。

このように,手錠使用を伴う過剰な制圧行為が,過度な物理的・身体的制約・負担と不必要な心理的制約・負担を生じさせ,双方が相まって健太氏の死亡という本件の悲劇的結果をもたらしたのは明らかであるから,保護行為における手錠使用は禁止されるべきです。


8 警職法に基づく市民の保護行為のために用いる強制力の行使は「必要最小限」に留めるべきことを警職法に明記すべき理由(意見の趣旨第3)

(1) 警職法の規定

警職法第12項は、「この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。」と規定しており、この比例原則を具体化する形で第4条(避難等の措置)では「必要な限度で」、第6条(立入)1項では「合理的に必要と判断される限度において」、第7条(武器の使用)柱書では「合理的に必要と判断される限度において」と規定されています。

しかし、警職法第3条において、保護行為のために用いる強制力の行使を必要最小限度にとどめることを明示する規定はありません。

 

(2) 保護の際の強制力行使を「必要最小限度」にとどめることを明記すべき理由

警職法上の保護は、要救護者を本来の保護者等に速やかに引き渡すことを予定してなされる一時的かつ応急的な措置であって、その目的を達成するために必要かつ相当な限度でのみ強制力の行使が認められています。

本意見書の第2.4で述べたとおり、安永事件民事訴訟判決では、保護行為の際に警察官らが健太さんを取り囲み、コンクリートの地面に押さえつけて、両手に後手錠をかけ、さらに押さえつけた行為が必要最小限度の範囲内かが争点となりました。

同様の事案は多数あり、例えば、平成23118日の仙台高裁判決では保護の際に後ろ両手錠や猿ぐつわをして、さらに足をタオルで縛って拘束した行為が保護行為として必要最小限の範囲を逸脱したものと判断されたものもあります。

このように、警職法の保護の際に要救護者への強制力の行使が必要最小限の行為であったかが問題となる場面が極めて多いことから、警職法に基づく市民の保護行為のために用いる強制力の行使は「必要最小限度」にとどめるべきことを警職法に明記する必要性があります。

 

(3) 裁判例や保護取扱要綱等からしても警職法に明記することが相当であること

平成151016日の大分地裁判決は、「警察官は,警職法311号所定の被保護者に該当する者を保護するに当たっては,とりあえず警察署等の適当な場所において,これを保護しなければならず,そのために必要な最小の限度において強制力を用いることも許される(同法1条2項参照)」と判示し、第2.7.(3)で言及した昭和481114日の高知地裁判決においても、警職法311号に基づく保護の際の強制力の行使は「できる限り差し控えるべきであって,その者が現に暴行しているなど自己もしくは他人の生命,身体または財産に危害を及ぼす事態にあり,あるいはそうした事態に至るおそれが極めて強いような場合であって,その危害を防止し,その者を保護するため他に適切な方法がないと認められる場合に限り,真にやむを得ない限度と方法で行われるべきである」と述べられています。

また、警察庁が発出した警察官職務執行法に基づく保護等の取り扱いの基準を定めた保護取扱要綱(昭和36.7.1丙ら発第36号)においては、第8条で「警職法第3条第1項第1号又は酩酊者規制法第3条第1項の被保護者が暴行し、自殺しようとする等自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす事態にある場合において、その危害を防止し、適切にその者を保護するために他に方法がないと認められるときは、警察官が真にやむを得ないと認められる限度で、被保護者の行動を抑止するための手段をとることを妨げないものとする。」と規定されており、保護の場面での要救護者の行動を抑止する手段としては、極めて限定的な事情の下で必要最小限度の範囲内で認められています。

同様の規定は、各都道府県警察の保護取扱規定でも定められており、例えば、愛知県警察では、保護取扱規程の制定において、「オ 被保護者と被疑者の取扱いを明確に区別し、保護に名を借りて、犯罪の捜査をすることのないようにすること。保護を要すると認められる状態にある間は、被疑者であることが判明した場合でも、原則としてその状態が解消するまでは、捜査手続を行わないこと。しかし、証拠の保全上真にやむを得ない場合までも、必要とされる最小限度の措置をとることを否定するものではない。」という規定があります。

以上の裁判例や保護取扱要綱、各都道府県警察の保護取扱規定からしても、警職法に基づく保護の際の強制力の行使は必要最小限度でのみ認められることが当然の前提となっており、警職法に基づく市民の保護行為のために用いる強制力の行使は「必要最小限度」にとどめるべきことを明文化することは十分に許容され、期待されているものとなります。


9 警察官に障害特性に応じた注意義務を義務付けるべき理由(意見の趣旨第4)

(1) 安永事件判決で示された注意義務

福岡高裁判決は、本件取り押さえがなされた2007年当時、その職務の相手方が知的障害者であることを認識している場合にはもちろん、認識していない場合においても、相手方の言動等から知的障害等の存在が推認される場合においては、警察官には、ゆっくりと穏やかに話しかけて近くで見守るなど、その特性を踏まえた適切な対応をすべき注意義務があると判示しました。

令和元年版障害者白書によると、日本における障害者数の概数は、身体障害者(身体障害児を含む。以下同じ。)436万人、知的障害者(知的障害児を含む。以下同じ。)1082千人、精神障害者4193千人となっており、これを人口千人当たりの人数でみると、身体障害者は34人、知的障害者は9人、精神障害者は33人となる。複数の障害を併せ持つ者もいるため、単純な合計にはならないものの、国民のおよそ7.6%が何らかの障害を有していることになります。

なお、知的障害者については、2011年と比較して約34万人増加しています。知的障害は発達期にあらわれるものであり、発達期以降に新たに知的障害が生じるものではないことから、身体障害のように人口の高齢化の影響を大きく受けることはありません。以前に比べ、知的障害に対する認知度が高くなり、療育手帳取得者の増加が要因の一つと考えられます。逆にいうと、療育手帳を取得していないけれども知的障害がある人の数は相当数あると考えられ、障害の発生率から考えると日本における知的障害者は、もっと多いのではないかと言われています。

とすれば、警察官は何らかの障害のある人と接する機会は非常に多いと考えられます。特に知的障害等によりコミュニケーションに何らかの障害を抱えた人の場合は、道に迷っても適切に助けを求めることが困難であるため、行方不明になることも多いのです。また、障害特性に付け込まれて虐待や詐欺、消費者被害等にも遭いやすいのです。他方、大声を出したり、独語をつぶやいたり、じっと一点を凝視したり、同じところを何度も歩き回ったりといった行動をとることがあるため、障害特性を知らない者から見るとそれを奇異な行動を取っていると誤解され、警察に通報されることも少なくありません。その場合、最初に接するのが警察官です。かつ、警察官は、その職務上相手に有形力を行使することがままありますので、その障害特性を踏まえた適切な対応をすべき注意義務は、当然に認められるべきです。

 

(2) 明文化が必要な理由

福岡高裁判決は、上記のとおり原則的注意義務を認めた点において、一般論としては極めて正当なものです。ところが、同判決は、警職法311号の保護の要件である精神錯乱の原因には薬物中毒を含む多様なものがあり、その原因によっては知的障害者に対して採るべき対応をすることが適切でない場合は当然に存在することから、当時の言動が薬物中毒等の他原因に起因しないことがある程度の確実性をもって推認される場合でない限り、知的障害者の特性を踏まえた適切な対応をしなかったことについて国賠法11項の違法性があると評価することはできないとして、当該注意義務について極めて限定的な解釈を採りました。この点は明らかな誤りです。

 実際には、「精神錯乱」の定義が曖昧かつ射程が広すぎるため、精神錯乱の様を呈しながら、「薬物中毒等の他原因に起因しないことがある程度の確実性をもって推認される場合」というのが、現実的には存在し得ないことになります。そのため、一旦「精神錯乱」と見做されれば、知的障害者等に対する上記注意義務はすべて否定されることになりました。

しかし、警察官の具体的な注意義務発生の要件として、厳密に知的障害以外の原因の鑑別を要求することは必要ありません。よって、「精神錯乱」を削除しただけではなく、再び限定的な解釈が取られて注意義務が有名無実にならないよう、明文でしっかりと警察官に障害特性に応じた注意義務を義務付けるべきです。

 

(3) 関係法令

警察法第2条1項には、「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」と定められています。しかし、その責務に伴う具体的な注意義務の内容については明文化されていません。

 

(4) まとめ

健太さんのような悲劇が繰り返されないようにするためには、警察官が保護行為に及ぶような場面では、相手が意味不明なことを叫び、暴れているときであっても、まずは丁寧な言葉を使い、相手を落ち着かせるように努めるなど、障害特性に配慮した保護行為をしなければならないと明文で定める必要があります。

よって、警職法に警察官に障害特性に応じた注意義務を義務付けることが不可欠です。


10 警察官に障害特性の理解に関する研修を義務付けるべき理由(意見の趣旨第5項)

(1) はじめに

 健太さんを取り押さえた警察官の一人は、福岡高裁の証人尋問の際、次のような証言をしました。健太さんは警察官の問いかけにあーうーと言う意味不明の言葉を返すだけだったが、警察官は健太さんに知的障害があることはまったくわからなかった、41年の警ら人生の中で、職務上のみならず職務外でも知的障害者に接したことは一度もない、知的障害者に関する教養プログラムを受けたことはないし、警察庁作成の「障害を持つ方への接遇要領」も読んだことはない、と。

 警察庁は、2004年2月に「障害をもつ方への接遇要領」を編集・発行しています。また、2008年には明治安田こころの健康財団の「警察版コミュニケーション支援ボード」の作成に協力しています。ところが、臆面もなく取り押さえた警察官は、知的障害者に関する研修を受けたことも、警察庁作成の「障害をもつ方への接遇要領」を見たこともないと裁判で証言したのです。

健太さんが意識を失ったとき、現場には6人もの警察官がいましたが、誰も健太さんに知的障害があることに気づきませんでした。そのうちの一人でも健太さんに障害があるかもしれないと思い至ってくれていたら、健太さんは命を落とすことはなかったのです。警察官の無知・無理解が健太さんの命を奪ったと言っても過言ではありません。

 

(2) 明文化が必要な理由

警察官の職務執行は、対象者に障害があるか否かにかかわらず、適切になされなければなりません。しかし、実際には、障害者に対して適切な職務執行がなされていない実態があります。健太さんの事件は氷山の一角です。そして、障害者に対して適切な職務執行がなされない大きな理由は、障害に対する無知・無理解にあります。障害に対する理解不足により、対象者に障害があることさえ気づくことができず、配慮が必要であることがわからないことに因ります。二度と健太さんの悲劇を繰り返さないようにするためには、研修義務付けの明文化が必要であることは明らかです。

障害者権利条約13条2項は、「司法に係る分野に携わる者(警察官及び刑務官を含む。)に対する適当な研修を促進する。」として、わざわざ警察官を例示しています。このことは、それだけ、警察官の障害者に対する理解不足によって、障害者が権利を侵害され、不利益を被っている実態があることを表しています。13条1項が保障する司法アクセスの保障のためには、司法関係者、とりわけ警察官の研修が不可欠であることを示しています。

 

(3) 関係法令

障害者基本法第29条は、「国又は地方公共団体は、障害者が、刑事事件若しくは少年の保護事件に関する手続その他これに準ずる手続の対象となった場合」に、「障害者がその権利を円滑に行使できるようにするため、個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮するとともに、関係職員に対する研修その他必要な施策を講じなければならない。」と定めています。

また、障害者差別解消法第5条は、「行政機関等及び事業者は、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない。」と定めています。

なお、発達障害者支援法第23条は、「国及び地方公共団体は、個々の発達障害者の特性に応じた支援を適切に行うことができるよう発達障害に関する専門的知識を有する人材の確保、養成及び資質の向上を図るため、医療、保健、福祉、教育、労働等並びに捜査及び裁判に関する業務に従事する者に対し、個々の発達障害の特性その他発達障害に関する理解を深め、及び専門性を高めるため研修を実施することその他の必要な措置を講じるものとする。」としています。この条文は、障害者権利条約の発効を受けて、障害者基本法29条を実効化させるために、平成28年に改正され「捜査及び裁判に関する業務に従事する者」が追加されたものです。

 

(4) まとめ

以上のとおり、日本は、障害者権利条約を批准するにあたって、国内法の整備を行い、権利条約13条2項に整合するように条文をいくつか新設しました。しかし、それらはいずれも国や地方公共団体に、関係職員に対する研修をするよう義務付けているものです。警察官が研修を受けることを義務付ける条文はありません。

したがって、障害者権利条約13条2項を受けた障害者基本法29条を具現化するための条文を設けることが必要不可欠です。なお、発達障害者に対する捜査については、発達障害者支援法23条に規定がありますが、研修が必要なのは、捜査業務に限らず、広く警察官の職務に従事する者です。また、理解が必要な障害者は発達障害者に限られません。

よって、警職法において障害者等の障害特性を理解できるよう研修を全ての警察官に義務付けるべきです。



11 警職法全般を障害者権利条約に相応しい内容の見直すべき理由(意見の趣旨第6項)

(1) はじめに

 警察法がその第21項で「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」として、警察の責務を定め、現行警職法はそれを前提として、第11項で

「この法律は、警察官が警察法に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。」

として日本の警察官があらゆる職務を行うにあたっての基本原則が規定される性質のものです。

 

(2) 警職法の位置付け・ありかた

 すなわち、警察が行うべき

「公共の安全と秩序の維持に当ること」

の全ての行為規範を定め、

項目としては

●個人の生命・身体・財産の保護

●犯罪の予防

●犯罪の鎮圧

●犯罪捜査

●被疑者の逮捕

●交通の取締その他

●公安の維持

●その他必要な職務

というあらゆる職務執行における大原則が規定される、市民の生命・健康・財産を守り、犯罪捜査等も含めた社会全体の平和を守る、この国で最も重要な国の法律の一つと言えます。

 問題はそのような重要な目的に相応しい中身になっているかです。

 まず、現在の警職法はわずか8条・2920文字からなる簡素なものです。

 

 日本国憲法も比較的簡素な基本原則だけが規定されているものですが、それでも101条・1118文字あります。

 もちろん、長ければよいというものではないので、必要な大切なことがちゃんと規定されているかです。

 警職法で書かれるべきこととは次のようなことだと思われます。

 

警職法の構成モデル

一 総論

1 警察官の職務の目的

2 警察官が職務を行うにあたって守るべき義務、規範の一般原則

3 警察官が市民と接する際に守るべき義務

常に社会には社会的弱者がいることを想定した配慮義務

二 一般市民の安全を守る職務

1 応急救護

 ① 合理的配慮義務

 ② 応急救護行為での手錠の使用禁止

2 災害救助等での避難措置

三 犯罪予防、摘発、犯罪捜査、刑事手続に関連して守るべき義務

1 職務質問における義務

2 武器の使用において守るべき義務

3 犯罪予防措置

4 立ち入り

四 その他の各種法令に基づく職務

 まず、警察官の守るべき法規範の大原則ですので、法の目的規定と職務執行における原則を規定しておくことが重要なことは当然です。

 それは現行法第11項に目的が書かれ、2項で必要最小限原則が規定されているところまで概ね異論はないと思います。

 本意見書が新たに創設すべきと提言する点は、総論部分に、警察官が一般市民と接する場合に守るべき規範を規定すべきとすることです。

 健太さんの死を無駄にしないため、二度と同様の悲劇を繰り返さないためには、警察官の一般的で原則的な義務として、警察官は常に弱い立場の市民が暮らしていることを前提として職務にあたるべきということです。

 いみじくも、安永健太さん事件民事訴訟控訴審で証人になった警察官は、

世の中には知的障害者などの障害者が大勢暮らしていることは普段の職務執行中に考えてなどいないと言い切りました。

 そのような姿勢・意識が続く限り、事件の再発は防げません。

 警職法の冒頭部分で警察官は常に障害者等の弱者の存在を意識して職務にあたるべき義務を規定すべきです。

 次に各論として、職務の性質ごとに警察官の規範を規律すべきことになります。

 まず、本来、刑事手続の捜査手続においては、刑事訴訟法第189条~246条が規定しており、警察官は犯罪捜査・刑事手続では第一義的にはこれが守るべき法規範です。

 但し、同法は、刑事裁判の視点から規律されたものであるため、現実の警察活動ではここに網羅されていない局面が想定されていることから、ここからこぼれ落ちる、様々な警察の活動に関する指針を与えるものが警職法となっています。

 その中でも、犯罪の予防・摘発・捜査に関連する活動と、それらとは一線を画した、市民の安全を守るための活動に大きく二分されます。

 上記の警職法構想モデルでいうと

 三項が前者にあたり、二項が後者にあたります。

 その他、精神保健福祉法における通報規定、古物営業法による立ち入り検査、風営法による立ち入り検査、道路交通法に基づく交通規制、災害対策法に基づく避難指示等、各種法令による無数ともいえる諸活動があり、四項として念のため規定します。

 本書では現行警職法で既に長年職務執行してきた実務を混乱させることのないように、基本的には旧法で規定されたことを踏襲しながらも、時代に即した改訂を提言するものです。

 なお、現行法第6条は、公共的施設への立ち入り権限を規定していますが、裁判所の令状に基づく立ち入りと、風営法等の個別法規に基づく立ち入りの他に一般的な立ち入り権限をこの法に規定する現実的な必要性があるのか疑問ですが、本書の改訂の趣旨を超えるかもしれませんので、現状維持の案としています。

 

警職法が規律する警察官の職務の分類 1 一般市民の安全をまもる職務(2の犯罪捜査関係を除く)―応急救護(酔っ払いの保護等、現行法第3条参照)、災害救助等での避難措置(現行法第4条参照) 2 犯罪予防・摘発・捜査・刑事手続―職務質問(現行法第2条参照)、武器使用(現行法第7条参照)、犯罪予防措置(現行法第5条参照)、立ち入り(現行法第6条参照)


 以上のような整理をした上で改訂を提案します。

 

 障害者権利条約は

 第13条で「司法手続の利用の機会」を定めています。

 第1項は、「障害者が全ての法的手続において…手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること等により、障害者が他の者との平等を基礎として司法手続を利用する効果的な機会を有することを確保する。」としています。

 ここにある「法的手続には」(捜査段階その他予備的な段階を含む。)と注意書きが付されており、警察活動を含む法的手続における障害者への手続上の配慮が保障されるべきとしています。

 また、同条約を国内法として整備した障害者基本法第29条は「司法手続における配慮等」と題して、

「国又は地方公共団体は、障害者が、刑事事件若しくは少年の保護事件に関する手続その他これに準ずる手続の対象となった場合又は裁判所における民事事件、家事事件若しくは行政事件に関する手続の当事者その他の関係人となった場合において、障害者がその権利を円滑に行使できるようにするため、個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮するとともに、関係職員に対する研修その他必要な施策を講じなければならない。」と規定します。

また、国連は2020828日「障害者の司法へのアクセスに関する国際原則とガイドライン」を発表しています。

 

これらの国際人権規範、国内法整備を受けた時代の要請に即した改訂案です。

 以上を前提として、安永事件の悲劇を繰り返さず、警察官の無知・無理解を原因とした市民の生命・身体への被害が無くなるための必須の改訂です。

 

12 「警職法改正案」の説明

(1) 改正案のポイント

 本書で提言する警職法改正案のポイントは次のとおりです。

 ① 「精神錯乱」という時代錯誤の侮蔑表現の削除

 ② 警察官が職務を行う場合の一般的配慮義務を規定すること

(第1条の2 新設)

 ③ 救護行為において手錠を使用することの禁止規定を設けること

(第13項 新設)

 ④ 現行法の「保護」を「応急救護」と表現を変える。

 ⑤ 現行法第3条保護規定の全面改訂

 ⑥ 強制力行使における必要最小限度原則の徹底

 

(2) 条文ごとの説明

 最初に現行法規を挙げ、次に改訂案を対比します。

 下線を引いた部分が改訂条項部分です。

 

現行

(この法律の目的)

第一条  この法律は、警察官が警察法に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。

改正案

(この法律の目的)

第一条  この法律は、警察官が憲法、日本の批准した条約等の国際規範、その他法令を遵守し、警察法 に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。

理由:憲法の基本的人権の尊重と障害者権利条約等の国際人権規範を遵守することは時代の要請です。

 

現行

2  この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。

改正案

2  この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。

 警察官の応急救護行為の結果、救護対象者の生命が失われた場合、警察はその救護行為の実施の方法が最小限であったのか否かを外部専門家等からなる第三者委員等により検証しなくてはならない。

 当該検証結果は上記の遺族へ報告されなければならない。

理由:必要最小限度の行使原則が記載されている点は維持しながら、救護行為により市民の生命が失われた場合は、その方法が不適切であった疑いが濃厚であり、再発防止のためにも、少なくともその方法の検証義務を課すことが妥当です。

 

新設 改正案

3 警察官がこの法律に基づく応急救護行為を行う場合、手錠を使用してはならない。

理由:安永事件の悲劇を繰り返さないための必須条項と考えます。

 市民の命を守るための救護行為に手錠を使うことは市民感覚としても受け容れられませんし、手錠を利用した救護を認める必要はありません。

 警察官が救護名目で市民に手錠を掛けることを許す法令の存在それ自体が警察官の対市民に対する意識について誤ったメッセージを与えているというべきであり、この条項の新設は必須と考えます。

 

新設 改正案

第一条の2  市民との接遇にあたる場合の一般的配慮義務

1 警察官は一般市民と接遇する際、相手方には、認知機能の低下している人、知的障害・精神障害・発達障害・身体障害(ろう・視覚・言語障害・難病等)・高次脳機能障害等障害のある者、日本語を十分に理解しない外国人、体調不良の人その他コミュニケーションに困難を抱える人等多岐にわたる様々な人が暮らしていることを常に想定し、当該相手方の状況に応じ、決して高圧的な態度をとらず、おだやかで適切に接遇する配慮義務がある。

2 警察官は、知的障害・精神障害・発達障害等の障害のある人またはそれらの障害の存在が推認される場合、ゆっくりと穏やかに話しかけ、時には近くで見守るなど、意思疎通の手段の確保のための配慮その他社会的障壁を除去するため、その者の特性を踏まえた適切な対応をする配慮義務がある。

3 国は、障害者権利条約、障害者基本法、障害者差別解消法等を順守するため、全ての警察官に障害のある人への理解が促進されるよう適切に研修を実施し、全警察官に研修の受講を義務付けなければならない。

 安永事件平成271221日付福岡高等裁所判決は次のとおり、警察職員には知的障害者への接遇に関する注意義務があることを認定しています(抜粋)。

 「警察職員には知的障害者に対してその特性を踏まえた適切な対応をする一般的注意義務がある

 「職務の相手方が知的障害者であることを認識している場合は、警察職員には、知的障害者に対し、ゆっくりと穏やかに話しかけて近くで見守るなど、その特性を踏まえた適切な対応をすべき注意義務があることは明らか。

また職務の相手方が知的障害者であるということを認識していない場合においても、相手方の言動等から知的障害等の存在が推認される場合においても上記注意義務を負う。

また、発達障害者支援法第23条は、捜査及び裁判に関する業務に従事する者に対する研修義務を規定しています。

発達障害者支援法第23

「国及び地方公共団体は、個々の発達障害者の特性に応じた支援を適切に行うことができるよう…捜査及び裁判に関する業務に従事する者に対し、個々の発達障害の特性その他発達障害に関する理解を深め、及び専門性を高めるため研修を実施することその他の必要な措置を講じるものとする。」

障害者権利条約第13条は

2項で「締約国は、障害者が司法手続を利用する効果的な機会を有することを確保することに役立てるため、司法に係る分野に携わる者(警察官及び刑務官を含む。)に対する適当な研修を促進する。」と規定しています。

このような研修義務を規定することは国際的要請です。

 

(質問)

第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。

2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。

3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

4  警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

維持

現行

(保護)

第三条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して次の各号のいずれかに該当することが明らかであり、かつ、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは、取りあえず警察署、病院、救護施設等の適当な場所において、これを保護しなければならない。

一  精神錯乱又は泥酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある者

二  迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者(本人がこれを拒んだ場合を除く。)

改正案

(応急救護)

第三条  警察官は、人命尊重・個人の身体の安全を確保するため、状況に応じ、適切に対応する必要がある。

 その場合の対応は次のことを一般原則とする。

 1号 本人の意向を確認すること

   警察による応急救護を望むかは原則として本人の意思に基づく。

   但し、状況により本人の意向が把握できない場合もあるため、個人の生命・身体の安全等の諸事情を勘案の上、最善の手段をとるよう適切に対応する。

 2号 家族・知人・支援員等の近親者、関係者への連絡、引き渡し

   市民の保護が必要な場合でも、警察による応急救護が正当化されるのは最終手段であり、本人の家族・知人・支援員等(家族等)本人の普段の生活をよく知るものに連絡をして、相談の上、家族等に迎えに来てもらう、警察官が家等に送り届ける等、最善の方法を選択するものとする。

 3号 救急隊等による医療機関への搬送

   その者の生命・身体の安全の応急救護が必要な場合、救急車・救急隊による医療機関への搬送等の対応が警察官による応急救護より優先する。

 4号 最終手段としての暫定的な応急救護

   警察官による応急救護が認められるのは、上記1号・2号・3号を踏まえた上で実施される暫定的で応急的な最終手段であること。

 5号 必要最小限の短時間であること

   応急救護措置は暫定的なやむを得ない対応に過ぎない以上、必要最小限の短時間であることを要する。

 2 応急救護の要件

  1号 第1項の一般原則に合致し、第3項に該当することが明らかであること。

  2号 人命尊重・個人の身体の安全を確保するために応急救護措置を取ることが必要であることが合理的に明らかであること。

 3 応急救護の場所等

  応急救護の場所はその救護に適した場所・施設で行うことが原則であり、

病院・医院・児童相談所・救護施設・福祉事務所等が想定される。

  警察の留置場は犯罪捜査の容疑者等を想定した施設であり、応急救護に利用することは許されない。

  上記の場所まで連れていくまでに当該市民が倒れていた場所等、暫定的に他の場所で応急救護がなされる場合は、人命尊重・個人の身体の安全の確保及び個人の尊厳の観点から、慎重に対応すること。

4 応急救護対象状況または対象者

 応急救護の対象として想定される者と状況は次の場合である。

1号 泥酔のため周囲に著しい迷惑をかけている者または当該泥酔者の生命・身体の安全のため保護が必要な状態と認められる場合

 2号 自殺のおそれや生命の危険や重症に至りかねない激しい自傷行為があるなど人命救助の切迫した必要性がある場合

 3号 認知症その他の事情が伺われるなど、道に迷う状態等であることが伺われ、そのまま放置した場合に本人の生命・身体の安全が危惧される場合

 4号 病気・負傷等で生命・身体への安全の確保が必要な状況である反面、家族等への連絡、救急車での医療機関への搬送を拒否するなど、警察による対応を検討する以外に他に手段がない場合で、警察による応急救護を本人が拒否しない場合。

理由:この保護はあくまで暫定的な一時的保護であることを強調するため、表題は、「応急救護」が適切。

 そして警察官によるこの保護職務はあくまで市民の生命・身体の安全の確保することが目的であることを明記することが必要。

 市民の安全を守るための行為において「異常な挙動」という表現はふさわしくありません。また判断者の主観に左右されやすい基準であり、不適切であり削除すべきです。

 「精神錯乱」なる表現自体、精神障害ある者への偏見を助長しかねない不適切な表現であり、障害者権利条約の精神に照らしても、削除が必須です。

 また、あくまでも、当該本人の保護が必要な事情があるかが判断基準であり、その原因が「精神的な異常」であることを記載することは有害無益です。

 迷子の保護等も対象であり、児童相談所の記載は必須であるし、敢えてそれを明記することにより、この条文の存在意義及びイメージが警察官にも一般にも理解しやすくなると思われます。

 また、市民の保護である以上、留置場等への保護は禁止されるべきです。

 

独立項に

5項 「他人の生命・身体または他人の財産に差し迫った取り返しのつかない重大な危険がある場合」

1号 必要最小限度の原則

4項記載の応急救護対象者または対象状況以外の場合として、上記の場合がる。

この場合は、

刑法等の犯罪を構成する場合も想定されることから、現場における、「犯罪捜査」と「応急救護」の峻別の判断が難しい場合もあり得る。

但し、その場合も、警察官は、その状況が、市民の障害特性に起因する症状や行動である可能性も常に念頭において、慎重に対応する必要がある。

市民の生命・身体等を守るために加害行為を抑制する場合、その方法は犯罪行為の制圧として、加害者の生命・身体の安全への配慮が二の次になりやすい面が否定できないが、犯罪を鎮圧する場合でも警察官が強制力を行使することが許容されるのは、必要最小限度であり、加害者の生命・身体を不必要に傷つけることは許されない。

 

新設 改正案

6 第15項の応急救護行為を行う場合、警察官は威圧的な言動は慎み、穏やかに任意の協力を求めることを旨とし、人の身体に対する有形力の行使等の強制力を行使することは原則として禁止される。

 個人の生命・身体の安全を確保するために他に代替手段がない場合、緊急一時的行為として強制力行使が許容される場合があるとしても、その場合の強制力行使は人に対する心身への負担が最も少ない方法がとられる必要があり、必要やむを得ない最小限の範囲内、時間内に留められなくてはならない。 

そもそも、この第三条1項の条文をみても、応急保護行為に行う際に警察官に対して強制力行使ができる根拠を付与しているとは読み取れません。

にもかかわらず、裁判所はあたかもこの条文により警察官が応急保護行為において市民に対して強制力の行使が可能なごとく解して疑問がないことは大きな問題です。

 応急救護行為における強制力行使は原則として禁止され、例外的な行使は厳格に規制されるべきです。

 そのため、第三条に2項を新設して、そのことを条文化すべきです。

 

現行

2  前項の措置をとつた場合においては、警察官は、できるだけすみやかに、その者の家族、知人その他の関係者にこれを通知し、その者の引取方について必要な手配をしなければならない。責任ある家族、知人等が見つからないときは、すみやかにその事件を適当な公衆保健若しくは公共福祉のための機関又はこの種の者の処置について法令により責任を負う他の公の機関に、その事件を引き継がなければならない。

改正案

3  前項の措置をとった場合においては、警察官は、できるだけすみやかに、その者の家族、知人その他の関係者にこれを通知し、その者の引取方について必要な手配をしなければならない。責任ある家族、知人等が見つからないときは、すみやかにその者の応急救護を適当な公衆保健若しくは公共福祉のための機関又はこの種の者の処置について法令により責任を負う他の公の機関に、その者の救護を引き継がなければならない。

理由:救護行為がなされたことを「事件」 と表現することは不適切。

 

現行

3  第一項の規定による警察の保護は、二十四時間をこえてはならない。但し、引き続き保護することを承認する簡易裁判所(当該保護をした警察官の属する警察署所在地を管轄する簡易裁判所をいう。以下同じ。)の裁判官の許可状のある場合は、この限りでない。

改正法

4  第一項の規定による警察の応急救護保護は、二十四時間をこえてはならない

理由:あくまでこれは暫定的な応急保護であり、24時間を超過する現実的な必要性はありません。


現行

4  前項但書の許可状は、警察官の請求に基き、裁判官において已むを得ない事情があると認めた場合に限り、これを発するものとし、その延長に係る期間は、通じて五日をこえてはならない。この許可状には已むを得ないと認められる事情を明記しなければならない。

全面削除

理由:上記したとおり、不要。果たしてこのような応急救護の延長許可状が発布されているのでしょうか。国会議員などから警察庁に質問して調査してもらえないでしょうか。

 

現行

5  警察官は、第一項の規定により警察で応急救護をした者の氏名、住所、保護の理由、保護及び引渡の時日並びに引渡先を毎週簡易裁判所に通知しなければならない。

維持

理由:必要な手続きである。

 もっとも、裁判所、裁判官によるチェック機能がこれで果たされているのかはやや疑問であり、何かしら、警察官による救護行為に対する検証システムが別途必要ではなかろうか。

 

現行

(避難等の措置)

第四条  警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。

2  前項の規定により警察官がとつた処置については、順序を経て所属の公安委員会にこれを報告しなければならない。この場合において、公安委員会は他の公の機関に対し、その後の処置について必要と認める協力を求めるため適当な措置をとらなければならない。

維持

  

現行

(犯罪の予防及び制止)

第五条  警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があって、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。

維持

 

現行

(立入)

第六条  警察官は、前二条に規定する危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫した場合において、その危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、又は被害者を救助するため、已むを得ないと認めるときは、合理的に必要と判断される限度において他人の土地、建物又は船車の中に立ち入ることができる。

2  興行場、旅館、料理屋、駅その他多数の客の来集する場所の管理者又はこれに準ずる者は、その公開時間中において、警察官が犯罪の予防又は人の生命、身体若しくは財産に対する危害予防のため、その場所に立ち入ることを要求した場合においては、正当の理由なくして、これを拒むことができない。

3  警察官は、前二項の規定による立入に際しては、みだりに関係者の正当な業務を妨害してはならない。

4  警察官は、第一項又は第二項の規定による立入に際して、その場所の管理者又はこれに準ずる者から要求された場合には、その理由を告げ、且つ、その身分を示す証票を呈示しなければならない。

維持

必要性は疑問ですが、本提言の範囲を超えるため維持。

 

現行

武器の使用)

第七条  警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。

但し、刑法第三十六条 (正当防衛)若しくは同法第三十七条 (緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。

一  死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。

二  逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。

維持

要検討とも思われる条項ですが、本提言の範囲を超えるので維持。

 

現行

他の法令による職権職務)

条  警察官は、この法律の規定によるの外、刑事訴訟その他に関する法令及び警察の規則による職権職務を遂行すべきものとする。

維持


但し、条文の数は繰り下がり。


13 最後に

 警察官が大好きだった安永健太さん。

 何の落ち度もないそんな健太さんがパトカーに追いかけられ、大勢の警察官にアスファルトに組み伏せられ、助けて―という思いを込めて発した言葉が不審者と誤解され、心臓はバクバクとなり、死んでしまいました。

 警察官の誰か一人でも「このひと障害者では?」と少しでも思ってくれれば事件は防げました。

 健太さんの死を無駄にしないために、同じような悲劇を繰り返さないため、知的障害者を「精神錯乱者」と警察や裁判が認定してしまう国際的に恥ずかしい日本から脱するために、本提言による警職法改正が必ず実現すると私たちは信じています。

 どうか、皆さま一緒に考え、よりよい社会に向けて進んで行きましょう。

以上



3 当会の提言する「警職法改正案」

(この法律の目的)

第一条  この法律は、警察官が憲法、日本の批准した条約等の国際規範、その他法令を遵守し、警察法に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。

2 この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。

 警察官の応急救護行為の結果、救護対象者の生命が失われた場合、警察はその救護行為の実施の方法が最小限であったのか否かを外部専門家等からなる第三者委員等により検証しなくてはならない。

 当該検証結果は上記の遺族へ報告されなければならない。

3(新設) 警察官がこの法律に基づく応急救護行為を行う場合、手錠を使用してはならない。

 

第一条の2  市民との接遇にあたる場合の一般的配慮義務

1 警察官は一般市民と接遇する際、相手方には、認知機能の低下している人、知的障害・精神障害・発達障害・身体障害(ろう・視覚・言語障害・難病等)・高次脳機能障害等障害のある者、日本語を十分に理解しない外国人、体調不良の人その他コミュニケーションに困難を抱える人等多岐にわたる様々な人が暮らしていることを常に想定し、当該相手方の状況に応じ、決して高圧的な態度をとらず、おだやかで適切に接遇する配慮義務がある。

2 警察官は、知的障害・精神障害・発達障害等の障害のある人またはそれらの障害の存在が推認される場合、ゆっくりと穏やかに話しかけ、時には近くで見守るなど、意思疎通の手段の確保のための配慮その他社会的障壁を除去するため、その者の特性を踏まえた適切な対応をする配慮義務がある。

3 国は、障害者権利条約、障害者基本法、障害者差別解消法等を順守するため、全ての警察官に障害のある人への理解が促進されるよう適切に研修を実施し、全警察官に研修の受講を義務付けなければならない。

 

(質問)(維持)

第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。

2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。

3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

4  警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

 

(応急救護)

第三条  警察官は、人命尊重・個人の身体の安全を確保するため、状況に応じ、適切に対応する必要がある。

 その場合の対応は次のことを一般原則とする。

 1号 本人の意向を確認すること

   警察による応急救護を望むかは原則として本人の意思に基づく。

   但し、状況により本人の意向が把握できない場合もあるため、個人の生命・身体の安全等の諸事情を勘案の上、最善の手段をとるよう適切に対応する。

 2号 家族・知人・支援員等の近親者、関係者への連絡、引き渡し

   市民の保護が必要な場合でも、警察による応急救護が正当化されるのは最終手段であり、本人の家族・知人・支援員等(家族等)本人の普段の生活をよく知るものに連絡をして、相談の上、家族等に迎えに来てもらう、警察官が家等に送り届ける等、最善の方法を選択するものとする。

 3号 救急隊等による医療機関への搬送

   その者の生命・身体の安全の応急救護が必要な場合、救急車・救急隊による医療機関への搬送等の対応が警察官による応急救護より優先する。

 4号 最終手段としての暫定的な応急救護

   警察官による応急救護が認められるのは、上記1号・2号・3号を踏まえた上で実施される暫定的で応急的な最終手段であること。

 5号 必要最小限の短時間であること

   応急救護措置は暫定的なやむを得ない対応に過ぎない以上、必要最小限の短時間であることを要する。

 2 応急救護の要件

  1号 第1項の一般原則に合致し、第3項に該当することが明らかであること。

  2号 人命尊重・個人の身体の安全を確保するために応急救護措置を取ることが必要であることが合理的に明らかであること。

 3 応急救護の場所等

  応急救護の場所はその救護に適した場所・施設で行うことが原則であり、

病院・医院・児童相談所・救護施設・福祉事務所等が想定される。

  警察の留置場は犯罪捜査の容疑者等を想定した施設であり、応急救護に利用することは許されない。

  上記の場所まで連れていくまでに当該市民が倒れていた場所等、暫定的に他の場所で応急救護がなされる場合は、人命尊重・個人の身体の安全の確保及び個人の尊厳の観点から、慎重に対応すること。

4 応急救護対象状況または対象者

 応急救護の対象として想定される者と状況は次の場合である。

1号 泥酔のため周囲に著しい迷惑をかけている者または当該泥酔者の生命・身体の安全のため保護が必要な状態と認められる場合

 2号 自殺のおそれや生命の危険や重症に至りかねない激しい自傷行為があるなど人命救助の切迫した必要性がある場合

 3号 認知症その他の事情が伺われるなど、道に迷う状態等であることが伺われ、そのまま放置した場合に本人の生命・身体の安全が危惧される場合

 4号 病気・負傷等で生命・身体への安全の確保が必要な状況である反面、家族等への連絡、救急車での医療機関への搬送を拒否するなど、警察による対応を検討する以外に他に手段がない場合で、警察による応急救護を本人が拒否しない場合。

5(新設)

人の生命・身体または他人の財産に差し迫った取り返しのつかない重大な危険がある場合」

1号 必要最小限度の原則

4項記載の応急救護対象者または対象状況以外の場合として、上記の場合がある。

この場合は、刑法等の犯罪を構成する場合も想定されることから、現場における、「犯罪捜査」と「応急救護」の峻別の判断が難しい場合もあり得る。

但し、その場合も、警察官は、その状況が、市民の障害特性に起因する症状や行動である可能性も常に念頭において、慎重に対応する必要がある。

 市民の生命・身体等を守るために加害行為を抑制する場合、その方法は犯罪行為の制圧として、加害者の生命・身体の安全への配慮が二の次になりやすい面が否定できないが、犯罪を鎮圧する場合でも警察官が強制力を行使することが許容されるのは、必要最小限度であり、加害者の生命・身体を不必要に傷つけることは許されない。

6 前項の措置をとった場合においては、警察官は、できるだけすみやかに、その者の家族、知人その他の関係者にこれを通知し、その者の引取方について必要な手配をしなければならない。責任ある家族、知人等が見つからないときは、すみやかにその者の応急救護を適当な公衆保健若しくは公共福祉のための機関又はこの種の者の処置について法令により責任を負う他の公の機関に、その者の救護を引き継がなければならない。

7 第一項の規定による警察の応急救護は、二十四時間をこえてはならない。

8 警察官は、第一項の規定により警察で応急救護をした者の氏名、住所、救護の理由、救護及び引渡の時日並びに引渡先を毎週簡易裁判所に通知しなければならない。

9(新設)

 15項の応急救護行為を行う場合、警察官は威圧的な言動は慎み、穏やかに任意の協力を求めることを旨とし、人の身体に対する有形力の行使等の強制力を行使することは原則として禁止される。

  個人の生命・身体の安全を確保するために他に代替手段がない場合、緊急一時的行為として強制力行使が許容される場合があるとしても、その場合の強制力行使は人に対する心身への負担が最も少ない方法がとられる必要があり、必要やむを得ない最小限の範囲内、時間内に留められなくてはならない。

 

(避難等の措置)(維持)

第四条  警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。

2  前項の規定により警察官がとつた処置については、順序を経て所属の公安委員会にこれを報告しなければならない。この場合において、公安委員会は他の公の機関に対し、その後の処置について必要と認める協力を求めるため適当な措置をとらなければならない。

 

(犯罪の予防及び制止)(維持)

第五条  警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があって、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。

(立入)(維持)

第六条  警察官は、前二条に規定する危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫した場合において、その危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、又は被害者を救助するため、已むを得ないと認めるときは、合理的に必要と判断される限度において他人の土地、建物又は船車の中に立ち入ることができる。

2  興行場、旅館、料理屋、駅その他多数の客の来集する場所の管理者又はこれに準ずる者は、その公開時間中において、警察官が犯罪の予防又は人の生命、身体若しくは財産に対する危害予防のため、その場所に立ち入ることを要求した場合においては、正当の理由なくして、これを拒むことができない。

3  警察官は、前二項の規定による立入に際しては、みだりに関係者の正当な業務を妨害してはならない。

4  警察官は、第一項又は第二項の規定による立入に際して、その場所の管理者又はこれに準ずる者から要求された場合には、その理由を告げ、且つ、その身分を示す証票を呈示しなければならない。

(武器の使用)(維持)

第七条  警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。

但し、刑法第三十六条 (正当防衛)若しくは同法第三十七条 (緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。

一  死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。

二  逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。

 

(他の法令による職権職務)(条数を繰り上げて維持)

条  警察官は、この法律の規定によるの外、刑事訴訟その他に関する法令及び警察の規則による職権職務を遂行すべきものとする。